インタビュー

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インタビュー 小山田 徹 〈こやまだ・とおる〉
聞き手 豊平 豪(大阪大学大学院/文化人類学専攻)


はじめに
「まいづるRB」初の美術企画となる「浮遊博物館〜海へつながる物たちへ」では、京都市在住の美術家、小山田徹 監修のもと、地元の方々とのフィールドワークやワークショップを通して、作品づくりを行いました。
約半年の間、何度も舞鶴の地を訪れた小山田のこの土地の歴史や地理を眺める視線や人々との対話は、常に探究心に溢れ、新しいモノの見方を提示してきました。本作品では、「舞鶴の海にまつわるもの」を作品の軸に、その土地の過去から現在、そして未来を示唆しています。それは、先入観を剥奪する「浮遊」という小山田ならではの発想によって、特定の場所に限らない、人類普遍の時間や空間、歴史や地理を縦横無尽に眺め見る、視点の鋭さと眼差しの暖かさを、アートというオルタナティブな可能性の中で実現しています。

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豊平:まず今回の展覧会『浮遊博物館』のコンセプトについてお願いできますか。

小山田:この企画をもらったとき、他府県のものが、そこに住んでいないものが、その地域に入り込んで、すぐにわかったような結論がでるような作品は作りようがないと思いました。だとすれば、可能な限りの調査をしたうえで、みんなで「いろんなことを考える感覚」を作り出したい。結果を開発するのではなくて、視線とか姿勢を一緒に作っていけたらな、と。舞鶴の人々が空間を使ったりとか、町をもう一度見直して、未来の舞鶴に対してもいろいろと決めたりとかするときの考え方の姿勢みたいなものを一緒にちょっとでも作り出す企画になればいいかなと思いました。



豊平:今回の話が来た最初の時点で、どのようなものにするのかという方向性はあったんですか?

小山田:基本的には、街歩きノというかフィールドワークを繰り返してみれたらいいなと。その都度、いろんな分野の人と一緒にその地域を調査するという視点を持ちたいなと思いました。あと、以前から京都精華大学の山田創平さんと、大阪の新世界(*1)とか大山崎(*2)とか、いろんなところで関わりがありました。彼がやっている研究〈地理、歴史を縦にみながら、現在のことと未来のことを考える〉には感銘を受けていて、自分が今までやってきた視線とも重なるので、そういうことを一緒にフィールドワークしたりしながらやってみようと思いました。展覧会をしなければいけないのであれば、その展覧会とは別の形でもいいからフィールドワークやってみようと思っていました。

豊平:山田さんと一緒に企画を進めようと考えられたとき、舞鶴は積極的な対象だったんですか?

小山田:どこでもなんらかの掘り下げはできますが、ちょうど山田さんがやっていた日本の描かれなかった歴史を紐解いていく研究のなかに、舞鶴という単語もかなり深くかかわっています。敗者を受け入れてきた歴史であるとか、現日本人の海人族が入ってきた経緯というのはある程度の歴史的認識がされていて、さらに掘り下げるとどうなるのかという予測はたっていたので、山田さんとの企画に、舞鶴はぴったりかなあと思いました。ただ、それを赤れんが倉庫とどう結びつけるのかというのはいろいろと考えないといけなかった。

豊平:そうですね。今回の企画は赤れんが倉庫の使用というのがひとつの前提ですから。

小山田:最初は展覧会をしないという方法もとろうと思っていましたが、せっかくだし、具体的に参加してくださる方々、舞鶴市民の方々にビジュアル的な喜びを提供したいという気持ちもありました。そこで、フィールドワークの断片的成果というものを、まとめあげるわけでもなく、ある種の感覚〈ものの見方の感覚〉みたいなものを展示するという方向で、今回の『浮遊博物館』を考えついたわけです。

豊平:タイトルをつけられた時点で、「吊る」という発想はあったんですか?

小山田:そうですね。「吊るというのは前からやっていました。演劇の舞台の上で一回グリッドの形でモノを吊りましたし、それ以外に今までの展示でも「モノを吊る」ということの特性には興味がありました。たとえば、コップは机の上においてあると「コップ」なんだけど、それを持ち上げて眺めたとき〈空中に浮いたとき〉に、モノが抽象化されてそこに存在することになる。背景とか土台が一回取り払われて、モノそのものが現れる感じがある。そして、同じ条件にいろんなモノをおいてみることが、モノ自体を考える良いきっかけになるような気がして。そのことが舞鶴の歴史とか現状とか未来とかを考える姿勢〈僕が思う好ましい姿勢〉になにか重なるような気がしました。いろんなしがらみとか歴史の綾とかがあって、簡単にモノ自体は取り出せないんだけど、全員で「ふっ」って浮いてみたら(笑)、そのなかに面白みとか共通点とか「ああ、ここが違うんや」っていう点が見えやすくなるんじゃないかと思ったわけです。



豊平:「吊る」対象としてはいろんなモノが考えられるわけですが、今回、海のモノに焦点をあてられたのはどうしてなんですか?

小山田:舞鶴の歴史を鑑みると、舞鶴は、陸から来た文化より海から来た文化に深く根ざしているので、海のモノを使うと地理的特性が現れてくる。由良川から出たものは浜に打ち上がってくるし、韓国、中国、ロシアからの漂流物が流れ着くってこと自体が過去の文化と結びついている。海から来たモノをテーマにすることでそういうことが現れやすいかなと思いました。
それと、モノを「吊る」ことは、自分がいまいろんな物事に対峙したときに、自分への心の戒めとして、そういう視線でモノをみたいということにぴったりな気がするんです。
あと、カテゴラズされてないものが、吊られているという同じ条件下で偶然隣り合わせになっているということは単純に面白い。

豊平:展示することはカテゴライズすることに密接に結びついています。近年、社会学や人類学といった思想系の学問のなかで、展示というものが根本的に抱える分類の思考が問題視されていますね。

小山田:そう。博物学というのは分類学です。人間が認識のためだけにモノに強いるっていう分類…。最初に僕が分類しない展示というアイデアを思いついたのは、2005年に国立民族学博物館で行った『きのうよりワクワクしてきた。』という展覧会で、収蔵庫に入って延々モノを選ぶということをしたときです。あそこは、調査した順番に棚に収集物が並んでいる。分類されてなくて、一見混濁した状態の棚になっています。研究した先生とその時期だけで順番が決まっていて。だから、アマゾンの首狩り族の棚のすぐ横に、韓国の子供遊び道具が並んでたりとか、マンガの本の棚がその隣に並んでたり。そういう棚がずらーっと4万点以上並んでいる状態をみて、すっごい脳味噌が動き始めたんです。首狩り族の首と、韓国のおもちゃが並んでいる瞬間のなにか意味がグチャグチャしている感じ。

豊平:一見関係のないものから新たな関係を見出す。それは構造主義的な発想ですね。

小山田:僕にとっては、それがブリコラージュ(*3)への関心のはじまりだったんです。そこにあるものを組み合わせて、目的とするものを導き出すときに、それが意味を取り払われた状態にあるのはすごくおもしろかった。だから新しい意味をつくるための準備がそういう形であるといいかなって思っていました。そうなると、モノを「吊る」というのも、分類して吊るよりは、今回のようにランダムな方が、モノの意味が複雑化し豊潤化していくと思います。

豊平:意味が取り払われて単純化し、それによって従来のそれとは異なる形で、再び複雑に結びついていく。

小山田:そう。だから新しい物語をつくる象徴的な展示の仕方っていうのを考えてみたかった。博物学の人からみれば「いったい何してるんだ」って怒られるだろうけど。分類っていうのは、便宜的なものであって、海岸に打ち上げられるモノは脈絡なく打ち上げられて、そこに「在る」。そういった存在の仕方っていうのを、自分の思考の基本形にする。僕の中にも偏見がどうしようもなくあるけれど、可能な限り偏見のない状態にして、モノを愛でたり、人を愛でたり、関係を愛でたりっていうスタンスみたいなものを作れたらなあ、って思っています。そして、当然、偏見があったとしても、ぎりぎり内部で踏ん張った上で、そのときの断面みたいなものを提示せざるをえないわけすが、でも、ずっと心のなかで踏ん張りってものがなければならない。行政においても何かを制度化しないといけないけど、それですべての世界は統べることはできない、ということを噛みしめながらその決断はしなければいけないと思います。「吊る」ことは、そういう意味で面白い効果を醸し出してくれるんじゃないでしょうか。
あと、「吊る」という行為は単純なんですよ。誰にでも手伝ってもらえるし、誰にでも結んでもらえるし。
今回、ポリテクカレッジの学生が手伝ってくれているけど、みんな吊りながら興奮してくるんです。参加者がその面白みに目覚めるというか、吊りたいものがみんなどんどん出てくる。自分のアクセサリー一個とってみても、「吊る」ことで意味が変わっていく。そのモノに関する何か新しい「物語」を脳が勝手に作りだしていくんです。
それと、意味を剥奪して、再認識するときに、モノ自体の良さがよくわかる。風合いとか、素材感とか。過去のモノだと手間暇感とか、加工痕とか侵食痕とかそういう物のすごみがわかる。
脳は、モノをみたときに、モノそのものと同時に情報そのものを認識している。それの重みみたいなものが食い込む手になっているから、カタログに均等に並んでいる写真をみてもほとんど心には残らない。けど、ささくれ立った紫外線にさらされて変容した物質というのは、脳に別のひっかかり方をするような気がするように思います。そうなったときに、モノというものの在り方というものをよく考える。机の上のコップは、「コップ」って認識はするけど、コップそのものは認識しない。一番簡単な記号として処理しているわけです。でも、これが吊られてたら、残っている液体との関係とか、指紋がついてるとか、それが作られた年代とか、傷の意味まで見えてくる。不思議なんです。置かれた時点で、「コップ」なんだけど、「吊る」だけでそれが変わる。この視線、姿勢の在り方は他にも応用できる。



豊平:一度「吊る」ということで見えてくる視線、姿勢の在り方を経験しておくと、世界をこれまでとは異なる形で再認識できるということですね。
今回の『浮遊博物館』は、たとえば、これまで小山田さんがやられてきた「共有空間」の創出といった活動とどういった関連があるのでしょうか?

小山田:今回のような視点をもって活動するようになったきっかけは、エイズに関してのさまざまな活動からはじまっています。そのなかで、自分に内在する差別的視線とか差別的思考を制度的に変えようとは考えていたんですけど、そういうのとは別に感覚的変革をしないことには、ほんとの意味で社会活動は出来ていかないんだろうなと思っていました。そこから「共有空間」という考えが生まれてきたのですが、「共有空間」とか人と一緒に何かをやる空間・時間をもつときは、できるだけ私欲を抑えた状態で、他者を眺めたりとか、共感しあったりとか、批判しあったりとかを上手にできなきゃいけない。そういうものによって、共同体が作られていくとしたら、それをやろうとしている人間に働きかけるところに、実は美術とか芸術というのは大きく作用しているんじゃないのでしょうか。歴史とか、モノとか、現存するさまざまな思考・学問といったすでにあるものを使って、なにかそういった感覚というのをつくれるんじゃないかと思ったわけです。
それと、これまでいろんな人に会ってきたなかで、何かをすごく好きで愛でて研究されている方っていうのは、やさしい人が多かった。一方で、中途半端な知識でぎりぎりで踏ん張っている人は、きびしい。ぎりぎりなだけに自分を守るために攻撃性をもっていたり。でも、どっぷりと愛に浸かっている人は、自分が研究するものを他に応用する目っていうのをもっていて、すごくモノの存在と他者の存在に寛容な方が多い。そういう人々の一群の中から次なる世界が生まれるんじゃないかと思いました。学問一個が世界を変えるんじゃなくて、そういう人々の姿勢の総体が世界を変えていくんじゃないかな、と思ったわけです。それで、僕は僕で美術の分野で、さまざまなことを通じながら、そういうものに働きかける、もしくは統合のきっかけをつくるような活動をやっているような気がします。
だから、いろんな学問の人の活動に興味があるし、また、そういう人たちの活動は「隣の芝生」でとても有効に働くんだと思います。その分野の中では競争があったりとか、発表とかあって、システムにちゃんと乗らないと認められないっていうのがあるんだろうけど、「隣の芝生」に行くとルールがないから。
その分野のなかのあるスキルが、変換されて別の分野で生かされる可能性は高いです。僕はそれを「つぶしがきく」って言ってます(笑)。災害のときに人助けをするってとき、人助けにもノウハウがいる。そんなとき大工をやっている人の現場で培ったスキルがぱっと出るっていうのは、隣の芝生でスキルが発揮された瞬間なんだと思います。
それと、僕は技術・知識といったものは「隣の芝生」で発揮されないと意味がないと思っています。業界内、内部だけではしょうがないし、翻訳されたり改訳されたりしてはじめて世界をつなぐことが可能になる。
そういったつなぐための空間として、共有空間は有効にはたらくんじゃないかなと思ったわけです。学者さんとかいろんな活動をされている人同士が出会う場所がなかったりする街中に空間と時間をなんらかの形で設定してあげるだけで、もうすでにあるものが動きはじめるんだったら、一番効率がいいですしね。
現在のところ、アートというのは、そういった場を作りやすい位置にあります。「美術です」っていう位置からは、突破口が作りやすかったりするし、また新しい提案をするというのが〈変な言い方だけど〉、許された立場なんだと思います。だから、僕はまだ美術というものに足を突っ込んでいるんでしょう。美術は、そういう意味でフリーな立場なんですね。だとすれば、それはそれで利用させてもらおうと思ってる。
もちろん、それだけでは人は動かないし、自分自身が説得力をもたなきゃいけないって思っています。自分でも「つぶしがきく」技術とか思考を可能な限り持ちたい。大工さんともしゃべれるし、その他の学者さんともしゃべれるし、っていう基礎的な知識はレセプターとして持っておきたい。手〈それが小さい手だったとしても〉をつなぐための努力はいるんだろうなと。それを多くの人が同じようにやってくれて、手が増えてくれればと思っています。
今回参加してくれた人のなかでも、みっちり手伝ってくれている大工さんがいて、彼なんかはものすごく的確に企画意図を理解したうえで、彼がもっている技術を今回の企画に持ち込んでくれています。
だから、『浮遊博物館』は、何かをつくるというのが目的の展覧会ではなくて「ものの見方」を提案する展示だと思います。今回の『浮遊博物館』で、それを考える心作りみたいなものをみんなで作っていけたらいいと思っています。


脚注
*1  2008年、大阪新世界・西成区でおこなわれた一連のアートプロジェクト「聞き耳プロジェクト」。
*2  アサヒビール大山崎山荘美術館で行われている小山田徹プロデュースの茶会。
*3  構造主義における重要なキーワード。フランス語の「器用仕事」。未開社会に顕著な、目的のために何かを集めて作るのではなく、すでにあるものを寄せ集めて作ること。理論的な設計図を基に作られる方法「エンジニアリング」とは対をなす概念。神話が創出される際の原理としても知られる。




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アーティスト・プロフィール
小山田 徹(こやまだ・とおる)
美術家。風景収集狂者/Land Scape Maniacs を活動名とする。
1961年鹿児島に生まれる。京都市立芸術大学日本画科卒業。84年、大学在学中に友人たちとパフォーマンスグループ「ダムタイプ」を結成。おもに企画構成、舞台美術を担当し、国内外の数多くの公演に参加する。
現在は個人的に休業中。ダムタイプの活動と平行して90年から、さまざまな共有空間の開発を始め、コミュニティセンター「アートスケープ」「ウィークエンドカフェ」「コモンカフェ」「祈る人屋台」「カラス板屋」などの企画をおこなうほか、コミュニティカフェである「Bazaar Cafe」の立ち上げに参加。
現在は、それらの活動を通じて集まったさまざまな分野の友人たちと造作施工集団を作り、共有空間の開発をおこなっている。
最近、急速に洞窟の魅力にはまり、「Com-pass Caving Unit」メンバーとして洞窟探検と測量、作図にいそしんでいる。

小山田徹